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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)9117号 判決

原告

山田利之

右訴訟代理人弁護士

木内道祥

被告

倉本彪允

被告

倉本妙子

右被告ら訴訟代理人弁護士

山田勝重

山田重雄

山田克巳

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、四三八七万六七九六円とこれに対する昭和五八年一二月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

訴外亡倉本忠浩(以下、「亡忠浩」という。)は、語学研修のため、訴外岩野雅彦、訴外河邉一寛及び原告らとともにアメリカ合衆国カリフォルニア州(以下、「加州」と略称する。)フレスノ郡所在のフレスノ国際英語研究所に留学していたが、昭和五八年一二月一〇日、現地で乗用自動車(以下、「加害車両」という。)を賃借した上訴外岩野、訴外河邉及び原告の三名を同乗させ、自らこれを運転して加州マデラ郡オークハースト市所在の州道四一号線を走行中、加害車両を反対車線に進入させ、折柄同車線上を対向して進行してきた貨物自動車にこれを正面衝突させた(以下、「本件事故」という。)。

原告は、本件事故により脳挫傷、右外傷性基底核部出血等の傷害を受けた。

2  被告らの責任

(一) 亡忠浩は、加州交通規則の定める制限速度を超える速度で加害車両を運転し、かつハンドル操作を誤つて加害車両を反対車線に進入させたものであるから本件事故は同人の重大な過失によつて惹起されたものというべきである。

(二) ところで本件事故は右のとおり加州で発生した不法行為であるから、法例一一条一項により本件事故によつて生じる権利の成立要件は加州法によるべきところ、同州法上、自動車運転者は、その重大な過失により事故を発生させたときは、自車の同乗者に対しても損害賠債責任を負担するものと定められているので、亡忠浩は本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(三) 亡忠浩は、本件事故によりその当日死亡したところ、被告倉本彪允は同人の父、被告倉本妙子は同人の母であるから、それぞれ亡忠浩の原告に対する前記損害賠償債務を各二分の一の割合で相続により承継したものである。なお、被告らが右債務を相続によつて承継することになる法律上の理由の詳細は、後記第三の二のとおりである。

3  損害

(一) 治療経過及び後遺障害

原告は、本件事故後直ちに意識不明の重篤状態のまま加州所在のセントアグネス病院に収容されたが、事故後一か月を経た昭和五九年一月一〇日になつてようやく意識を回復したので、体力の回復をまつた上同年一月二四日帰国し、直ちに住所地にある徳島大学医学部付属病院に入院し、その後も引き続き現在に至るまで入院治療を継続している。

右のように、原告は現在も治療を続けているが、前記受傷が全治する見込みは全くなく、左上下肢麻痺、記銘力障害の症状が残存しているほか顔面に創痕を残している状態であつて、自動車損害賠償保障法施行令二条別表に定める第一級三号(「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」)に該当する程度の後遺障害が残ることは確実である。したがつて、原告は、本件事故によりその労働能力を全部喪失したものというべきである。

(二) 治療費 四九四万一九四五円

原告は、前記入院治療のため、セントアグネス病院に一万四二六七ドル三四セント(昭和五九年一二月六日当時の為替相場である一ドル二四七円四二銭で換算すれば三五三万〇〇二五円となる。)、徳島大学医学部付属病院に八一万一九二〇円(但し、昭和五九年一〇月末日までに生じた分である。)の治療費を支払つた。このほか、将来、顔面創痕の修復形成手術がどうしても必要となるが、そのための費用は少く見積つても六〇万円である。

(三) 付添看護費及び雑費 二一一万三一五八円

原告は、前記入院中付添看護を必要とし、かつ、現に職業付添婦の付添看護を受けてその看護料一六一万七八五八円を支払つた。また、帰国後前記徳島大学医学部付属病院に収容されるに際して、大阪空港から徳島までの間タクシーを利用せざるをえず、その代金として九万六〇〇〇円を支払つたほか、事故当日から昭和五九年一二月八日までの三六三日間の入院期間中一日当たり一一〇〇円の割合による雑費(合計三九万九三〇〇円)を支出した。

(四) 逸失利益 六〇一四万三四九〇円

原告は、昭和三七年九月一七日生れで事故当時健康な満二一歳の男子であつたから、本件事故に遭わなければ、満二一歳から満六七歳までの就労可能な四六年間にわたり毎年、昭和五八年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計二一歳男子労働者の平均年間給与額二五五万五六〇〇円に相当する収入をあげ得たはずである。そこで、原告が失うことになる収入総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその逸失利益の事故当時の現価を算出すれば、六〇一四万三四九〇円となる。

2,555,600×23.534=60,143,490(円)

(五) 慰藉料 二〇五五万五〇〇〇円

原告は、本件事故により重傷を負い、前記のとおり極めて重篤な後遺障害に生涯苦しめられることとなつたものであつて、その精神的肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は二〇五五万五〇〇〇円が相当である。

以上合計八七七五万三五九三円

よつて、原告は、被告ら各自に対し、それぞれ前記3の(二)ないし(五)の合計八七七五万三五九三円の二分の一である四三八七万六七九六円(但し円未満の端数は切り捨て)の損害賠償金とこれに対する本件事故の日の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は否認する。

(二)  同2(二)のうち、本件事故による損害賠償債権の成立が加州法によるとの点は認める。

(三)  同2(三)の事実、すなわち亡忠浩が本件事故によつて死亡したこと及び被告らと亡忠浩との身分関係は認める。しかし、仮りに亡忠浩が本件事故により原告に対して何らかの損害賠償債務を負つたものとしても、その損害賠償債務が、相続によつて被告らに承継されるようなことはありえない。その理由を詳述すれば、後記第三の一のとおりである。

3  同3の事実はいずれも知らない。

三  抗弁

1  相続放棄

かりに、亡忠浩の原告に対する損害賠償債務(以下、「本件債務」ともいう。)につき相続性が認められるとしても、被告らはいずれも、昭和六〇年三月一一日に本件訴状の送達を受けた後、同年三月二五日亡忠浩の日本国内における最終の住所地を管轄する東京家庭裁判所に対し相続放棄の申述をし、右申述は受理された。ところで、右相続放棄の申述は、亡忠浩の死亡後三か月を経過した後になされたものではあるが、被告らは、事故直後、現地のアメリカ人弁護士から本件事故については、加州法によつて処理され、かつ加州法では亡忠浩の責任が相続人に相続されるようなことはない旨の説明を受けていたことなどから、忠浩の死亡と同時に相続が開始するとは思つてもみなかつたものであり、本件訴状の送達を受けて初めて、自己のために相続の開始があつたことを知つたものであるから、右申述は有効であり、被告らは初めから右債務を相続しなかつたというべきである。

2  免責

(一) 本件事故に関しては、加州上級裁判所フレスノ郡支部において、亡忠浩が加害車両を賃借する際に加入した団体保険の生命保険金一五万ドルを同人の遺産とし、これを対象とする加州法上の遺産管理手続(プロベート)が行われていたところ、原告は、その配当期日たる昭和六〇年一二月二六日頃、右遺産の中から本件事故による損害賠償債務の弁済として少くとも五万八〇五二ドル七八セントの配当を受けた。

(二) ところで、加州法によれば、被相続人に対する権利は、プロベートの手続内において遺産のみによつて最終的に精算され、その限度を超えるものは免責されることになつているのであるから、本件事故を原因として亡忠浩が原告に対して負担すべき損害賠償債務も、亡忠浩の遺産管理手続が実施されて遺産による配当が終了した以上、それで一切精算されたものとして取り扱われ、配当金額を超える債務はすべて免責されるに至つたというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の相続放棄の申述の点は認めるが、被告らが本件訴状の送達によつて初めて相続の開始を知つたとの点は否認する。被告らは、本件事故の直後に現地に赴いて事故の発生状況の説明を受けたものであり、その時に自己のために亡忠浩の損害賠償債務について相続が開始したことを知つたものである。

2  同2(一)の事実は認める。しかし、それによつて配当金額を超える額の責任が免責される道理はない。

第三  不法行為債務の相続性に関する当事者の主張

一  被告

法例二五条によれば、相続は被相続人の本国法による旨規定されているところ、被相続人である亡忠浩の本国法である日本法によれば、不法行為に基づく損害賠償債務も相続の対象となるものとされているのであるから、本件債務も被告らが相続によりこれを承継すべきものであるかのごとくである。しかしながら、権利義務が一般的に相続の対象になるからといつて、すべての債権債務が相続されるというわけではなく、相続されるべき個々の権利義務がその性質上相続性を有しないものとされるときは相続の対象から除外されることになるのは当然のことであり、しかも、個々の権利義務が相続性を有するかどうかはその権利義務の属性の問題であり、かつ、その属性は、当該権利義務固有の準拠法によつて決定されることになる。これが「個別準拠法は総括準拠法を破る」と一般にいわれる法原則にほかならない。

ところが、不法行為に基づく損害賠償債務の属性は、不法行為によつて生ずる権利義務の効力の問題であり、法例一一条一項によりその原因たる事実の発生した地の法によつて定まるものとされているのであるから、本件債務の相続性も加州法に準拠して決定されなければならないことになる。しかるに、加州法によれば、損害賠償債務には相続性は認められず、相続の対象にならないとされているのであるから、結局、被告らが本件債務を相続によつて承継することがありえないことは明らかである。

二  原告

法例の解釈に関し「個別準拠法は総括準拠法を破る」という法原理が存在すること、加州法において債務の相続性が否定されていること被告主張のとおりである。しかし、右の法原理は、抵触法規の適用の優先関係を決定する原理ではなく、本件債務が不法行為に基づく損害賠償債務だからといつて、不法行為準拠法である法例一一条が優先的に適用されるという筋合のものではない。本件債務が相続の対象になるかどうかは、相続一般の問題であるから、法例二五条の適用により日本法に準拠して決定されるべき性質のものである。しかるに、日本民法は、債務の相続性を一般的に承認しているのであるから、本件債務が相続の対象になることは明白である。

第四  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実(本件事故の発生)、亡忠浩が本件事故によつて事故当日死亡したこと及び被告らが亡忠浩の父母であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二被告らは、仮りに本件事故が亡忠浩の重過失によつて生じたものとしても、被告らは亡忠浩の原告に対する損害賠償債務を相続することはないと争うので、以下、この点について判断する。

法例二五条によれば、「相続ハ被相続人ノ本国法ニ依ル」と規定されているので相続開始の原因・時期・相続人の範囲・順序・相続分、相続財産の構成及び移転等の問題は、すべて被相続人の本国法に準拠することになり、本件の場合は、亡忠浩の本国法たる日本法によることになるので、本件債務は亡忠浩の相続財産を構成し、亡忠浩の死亡により直ちにその相続人たる被告らに承継されるものといわざるをえないかのごとくである。

ところが、一方、法例一一条一項は、「不法行為ニ因リテ生スル債権ノ成立及ヒ効力ハ其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル」ものと規定しており、この規定によれば、不法行為に基づく損害賠償債権債務関係の成立の問題のほか、損害賠償の範囲及び方法、損害賠償請求権の時効、不法行為債権の譲渡性・相続性その他不法行為の効力に関するすべての問題は不法行為地法によることになるものと解さざるをえないところ、本件事故がアメリカ合衆国カリフォルニア州マデラ郡において発生したものであることは前記のとおりであるから、本件事故によつて生ずる損害賠償債権債務関係の成立及び効力は、不法行為地たる加州の法律に準拠して決定されるものといわなければならない。

しかるに、加州法において、債務の相続性が認められず、被相続人の債務は相続の対象にならないものとされていることは当事者間に争いのないところであるから、この観点からみる限り、本件債務が亡忠浩の相続人である被告らに相続されることはありえないということになる。

三このようにみてくると、本件債務の相続性につき、法例一一条一項と同二五条とは、相矛盾する内容の二個の準拠法の適用を命じているものといわなければならず、しかも、そのうちのいずれかを優先的に適用すべきものとする根拠も見当らないといわざるをえないのである。そうであるとすれば、本件債務の相続性を肯定しこれが相続によつて被告らに承継されることを肯認するには、不法行為準拠法である加州法も相続準拠法である日本法もともにこれを認めていることを要するものといわなければならず、そのいずれか一方でもこれを認めないときは、結論としてそれを否定すべきものと解するよりほかはない。

四すると、加州法において債務の相続性が認められていないこと前記のとおりである以上、本件債務が相続によつて被告らに承継されることはないものというべきであり、これが相続によつて被告らに承継されたことを前提とする原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤原弘道 裁判官山下満 裁判官橋詰 均)

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